ワシリーチェアは1925年にマルセル・ブロイヤーによってデザインされた世界初のスチールパイプ椅子として、100年近く愛され続けている名作家具です。
しかし高額な正規品の需要に応じて、多くのリプロダクト品や低品質な類似品が市場に出回っています。
本記事では、ワシリーチェアの正規品と偽物を見分けるための具体的な方法と、購入時に注意すべきポイントを解説します。
ワシリーチェアとは

ワシリーチェアは、バウハウスを代表する傑作として世界的に認知されているデザイナーズ家具です。1925年から1926年にかけて、マルセル・ブロイヤーが当時バウハウスの家具工房主任を務めていた時代にデザインされました。当初は「モデルB3チェア」と呼ばれていましたが、後にイタリアの家具メーカーであるガヴィーナ社が製造する際に、ブロイヤーの同僚で抽象画家のワシリー・カンディンスキーがこの椅子を愛用していたというエピソードにちなんで「ワシリーチェア」と名付けられました。
ワシリーチェアの最大の特徴は、スチールパイプを使用した世界初の椅子であることです。ブロイヤーは自転車のハンドルからヒントを得て、配管工の協力を仰ぎながら、曲げ加工したスチールパイプをフレームとして採用しました。 スチールとレザーの組み合わせにより、見た目はそっけなく見えますが、レザーがハンモック構造になっているため、座り心地は意外なほど優しく、使い込むほどに体にフィットしていきます。
現在、ワシリーチェアはニューヨーク近代美術館MoMAの永久コレクションに指定されており、モダニズムデザインの先駆けとして高く評価されています。 現行の正規品はアメリカのKnoll(ノル)社が製造しており、その価格は420,000円から590,000円程度に設定されています。 この高額さゆえに、多くの人がリプロダクト品や類似品に目を向けることになります。
偽物のワシリーチェアは存在する?
結論から言えば、ワシリーチェアには複数の「ニセモノ」が存在します。これらを正確に理解することが、購入時の判断を左右する重要な要素となります。
ワシリーチェアの市場には、大きく分けて三つの商品が流通しています。
第一が正規品で、Knoll社やGavina社など、公式にライセンスを取得したメーカーによって製造される製品です。
第二が合法的なリプロダクト品で、意匠権の期限切れを理由に、正規メーカー以外の企業が復刻生産したジェネリック家具です。
第三が、完全な模倣品や粗悪な類似品で、正規品と誤認させるための詐欺的な表示や、著しく品質が低い製品を指します。
リプロダクト品自体は違法ではなく、正規品よりも大幅に安い価格で、ワシリーチェアのデザインを享受できるという利点があります。価格帯としては、中国生産のPVCレザーモデルで59,400円から110,000円程度、イタリア製の本革を使用したモデルで180,000円程度となっており、正規品の4分の1から3分の1の費用で購入可能です。
しかし、ここで問題になるのが、詐欺的な粗悪品の存在です。正規品と同じ価格か、それに近い価格で販売されながら、実際はリプロダクト品であったり、フレームの素材が異なったり、レザーの品質が大幅に劣ったりするケースが報告されています。 このような本当の「偽物」を避けるためには、細かなディテールまで注意深く確認する必要があります。
ワシリーチェアの本物を見分ける方法

正規品と粗悪品を判別するために、ここから三つの具体的な見分け方を詳しく解説します。これらのポイントを理解すれば、購入時の判断がぐっと容易になります。
その①:フレームの溶接部分と底部の刻印を確認する
最も重要で、かつ確実な見分け方が、スチールパイプフレームの構造を詳しく観察することです。正規品のワシリーチェアの最大の特徴は、フレームが単一の連続したスチールパイプでできており、角の部分に溶接がないという点です。
ブロイヤーの設計では、曲げ加工によって角を作り出し、キャップなしでフレームが接続されています。一方、粗悪なリプロダクト品の多くは、複数の部材を溶接で繋ぎ合わせており、角の部分に明らかな溶接跡が見られます。 この違いは、側面から見たときに非常に明確です。
さらに、床に接地する部分のフレーム底部を確認してください。正規品には、Knoll社のロゴと、マルセル・ブロイヤーのサインが刻印されています。 加えて、各椅子には個別の識別番号が付与されており、これにより真偽を検証することが可能です。 ガヴィーナ社製やトーネット社製の旧製品には、それぞれのメーカー名や製造年が刻まれています。
刻印の有無と内容は、購入前に必ず出品者に確認するべき項目です。高額な購入になるからこそ、詳細な写真提供を求めることは正当な要求です。
その②:革の質感と素材構成の確認
第二の見分け方は、レザーの品質を直接確認することです。正規品のワシリーチェアには、3mm以上の厚みを持つ100%本革(サドルレザーまたはカウハイド)が使用されています。 このレザーは、単なる表面のコーティングではなく、全体が質の高い革でできており、使い込むほどに味わい深い色合いに変化していきます。
対して、粗悪なリプロダクト品や模倣品では、PVCレザーや合成皮革が使用されることが多くあります。 これらの素材は、触った時の質感が異なり、経年変化をしません。さらに悪質な製品では、表面は本革に見えるが、内部が薄いポニースキンや低品質な革である場合もあります。
実際に椅子に座ってみることができれば、革の張り方とハンモック構造の質感を確認できます。正規品は、革がしなやかにたわみ、座るにつれて体温で柔らかくなり、個人の体型に合わせてフィットしていきます。 逆に硬い、または逆にへたってしまっている革は、品質の低さを示唆しています。
その③:フレームの素材と製造工程の追跡
第三の見分け方は、フレームに使用されているスチール材料そのものの確認です。正規品のワシリーチェアは、クロムメッキ仕上げのスチールパイプで統一されており、細く引き締まった印象を与えます。 このクロムメッキは、傷や錆に強く、正規メーカーの高度な製造工程を示しています。
一方、リプロダクト品の中には、より丈夫さを強調するためにステンレスを使用しているものも存在します。 ステンレス自体は質の高い素材ですが、ワシリーチェアの正規仕様ではなく、デザインの忠実性という点では劣ります。さらに、低品質な製品では、クロムメッキが薄く、簡単に剥げてしまうこともあります。
購入前に、メーカーの公式ウェブサイトで製造工程の情報を確認することも有効です。正規メーカーは、通常、製造地や使用素材について詳細に記載しており、品質管理の透明性を示しています。 逆に、製造情報が不明確または曖昧な販売者からの購入は避けるべきです。
ワシリーチェア購入時のポイント・注意点
ワシリーチェアの購入を検討する際には、見分け方だけでなく、購入前後のプロセスにおいても注意すべきポイントが複数存在します。これらを理解することで、購入後の後悔を防ぐことができます。
その①:販売元の信頼性と保証の確認
最初に確認すべきは、販売元の信頼性です。正規品を扱う販売元の特徴として、メーカー認定の代理店であること、十分な商品説明と写真が掲載されていること、顧客からの評価が高いことが挙げられます。
Knoll社の正規販売代理店は、公式ウェブサイトで明記されており、これらの企業から購入することで、確実に正規品を手に入れられます。また、正規品には通常、1年から数年の保証がついており、これが品質の証となります。 リプロダクト品でも、信頼性の高いメーカーから購入すれば1年保証が付く場合があり、購入後のトラブルに対応してもらえます。
逆に、個人販売者やマーケットプレイスでの購入では、偽物リスクが高まります。特に、販売元の評価やレビューが低い場合、または説明が不明確な場合は、購入を控えるべきです。
その②:納期と受注生産システムの理解
第二のポイントは、納期に関する認識を正しく持つことです。正規品のワシリーチェアは受注生産システムで製造されることが多く、注文から納品まで3週間から6ヶ月程度の時間を要します。 この長期の納期は、品質管理の厳密さを示しており、決して欠点ではなく、むしろ正規品の証拠となります。
逆に、「在庫あり、即日発送可能」という表示で、異常に低価格のワシリーチェアを販売している場合は、リプロダクト品であるか、または粗悪品である可能性が高いです。 また、納期が不透明であったり、問い合わせに対して明確な回答が得られない販売元も避けるべきです。
正規メーカーは、納期について事前に丁寧に説明し、納期が確定した後に正式に注文を確定するシステムを採用しています。 このプロセスは煩雑に感じるかもしれませんが、これが真正性を保証する重要なステップです。
その③:予算設定と長期的な使用価値の判断
第三のポイントは、予算管理と長期的な視点を持つことです。ワシリーチェアの価格帯は、正規品が420,000円から590,000円、イタリア製リプロダクト品が180,000円程度、中国製リプロダクト品が60,000円から110,000円です。
正規品は高額ですが、100年近い歴史を持つ名作であり、適切なメンテナンスを行えば、一生ものの家具として使用可能です。また、正規品の中古販売価格は相対的に高く、将来的に売却する際にも資産価値が保持されやすいという利点があります。
一方、低価格のリプロダクト品では、経年劣化が著しく、数年で買い替えが必要になる可能性もあります。特に、革の剥がれやフレームの錆など、修復が困難なダメージが生じやすいです。
予算に制約がある場合は、無理に低価格品を選ぶのではなく、信頼性の高い中価格帯のリプロダクト品(150,000円から250,000円程度)を選択する方が、長期的には経済的です。また、中古の正規品を購入する選択肢もあり、これは新品のリプロダクト品と同等の価格で、より高い品質を手に入れられる場合があります。
まとめ
ワシリーチェアの本物を見分けるためには、フレームの溶接部分と底部の刻印、革の質感と素材、フレームの素材と製造情報という三つの具体的なポイントを確認することが不可欠です。 完全な偽物だけでなく、低品質なリプロダクト品も市場に多く存在するため、単なる「安さ」だけで判断してはいけません。
購入時には、販売元の信頼性、正規メーカーの受注生産システムを理解すること、そして長期的な使用価値を考慮した予算設定が重要です。 正規品の高額さに躊躇する場合でも、信頼性の高いメーカーのリプロダクト品を選ぶことで、ワシリーチェアの本来の魅力を安心して享受できます。
100年近くにわたってデザインの第一線に立ち続けるワシリーチェアは、一時的な流行品ではなく、時代を超えて愛される傑作です。本記事で解説した見分け方と注意点を参考に、自分に最適なワシリーチェアを慎重に選ぶことをお勧めします。その選択は、あなたのインテリア空間に真の価値と美しさをもたらすでしょう。